病室に「当たり前」の楽しみと「外の世界」を届ける挑戦

小児・AYA世代のがん患者さんたちは、希少ながんであることも多く、同じ病気と闘う仲間と出会う機会が限られています。さらに、長期入院や治療に伴う身体的な制約により、学校行事や友人との外出といった「当たり前の日常」から切り離され、孤独感や社会からの隔絶感を抱えやすいという現実があります。

病室での生活は、子どもたちにとって想像以上に孤独で、ストレスの多いものです。カーテンで仕切られた空間で、治療と向き合う日々は、心身に大きな負担をかけます。そんな状況の中で、外の世界とのつながりや、未来への希望を見失ってしまうことも少なくありません。

岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)医療情報化診療支援技術開発講座の長谷井 嬢 教授(整形外科)は、これまでもメタバースを活用した患者支援を積極的に行ってきました。患者さんが「一人ではない」と感じられる居場所を提供することを目指し、今回の「バーチャル天王寺動物園ツアー」の企画を立ち上げたのです。それは、失われた「当たり前」の楽しみを取り戻し、子どもたちの心に新たな光を灯したいという強い想いからでした。

全国30以上の病院から参加!現役飼育員による「バーチャル天王寺動物園ツアー」

今回の企画の舞台となるのは、近鉄不動産が構築・運営しているメタバース空間「バーチャル天王寺動物園」です。このバーチャル空間に、全国30以上の拠点病院および連携施設から、タブレットやVRゴーグルなどを用いて、患者さんがアバターとなって参加します。

ツアーの最大の魅力は、天王寺動物園の現役飼育員が、リアルタイムで動物たちの生態について解説してくれること。まるで本物の動物園にいるかのような臨場感の中で、参加者はアバターを通じて飼育員や他の参加者と双方向のコミュニケーションを楽しむことができます。質問をしたり、感想を共有したりと、場所を問わずに自由な交流が可能です。

白衣を着た医師のポートレート

長谷井教授は、この企画について次のように語っています。「長期の治療を必要とする小児・AYA世代の患者さんにとって、病棟生活は孤独との戦いでもあります。私たちはこれまで、メタバースを通じて『一人ではない』と感じ合える居場所を提供してきましたが、今回の近鉄不動産、天王寺動物園、クラスター社とのコラボレーションは、そこに『外の世界への希望』という新たな光を灯すものです。実際の飼育員さんの解説に触れ、仲間と共に驚き、笑い合う体験は、単なる映像視聴とは異なる、心の活力をもたらします。この体験が、治療を乗り越えた先の豊かな未来を約束する『希望の架け橋』となることを願っています。メタバースで初めて天王寺動物園に行く患者さんが、退院後に本当の天王寺動物園に遊びに行って楽しむ、そんな未来を期待しています。」

この言葉には、単なる娯楽提供にとどまらない、深い願いが込められています。バーチャルな体験が、退院後にリアルの天王寺動物園を訪れるという具体的な「未来の目標」となり、長期療養中の子どもたちの治療への意欲とウェルビーイング向上に寄与することが期待されています。

バーチャル空間でサイを見るアバターたち

孤独を癒し、未来を育む「希望の架け橋」

この「バーチャル天王寺動物園ツアー」は、患者さんたちにとって、いくつかの重要な価値をもたらします。

1. 孤独感の解消とコミュニティの形成

希少疾患であるため、同じ病気の子どもたちと出会う機会が少ない現状において、メタバースは地域や病室の壁を越えて、共通の体験を分かち合える「コミュニティ」を提供します。アバターとして参加することで、病気や身体的な制約を意識することなく、純粋に「仲間」として交流できる環境は、患者さんの精神的な負担を大きく軽減するでしょう。一緒に動物を見て驚いたり、笑い合ったりする時間は、忘れかけていた「普通の子ども」としての喜びを取り戻させてくれるはずです。

2. 「外の世界」への希望と具体的な目標設定

病室での生活が長くなると、外の世界とのつながりが希薄になりがちです。しかし、バーチャル空間とはいえ、現役飼育員の解説付きで動物園を巡る体験は、五感を刺激し、「外の世界」への興味や関心を再燃させます。そして、「退院したら、今度は本物の天王寺動物園に行こう!」という具体的な目標が生まれることで、治療へのモチベーションが高まり、未来への希望を育むことができます。これは、単なる気晴らしではなく、治療後の人生を見据えた前向きな気持ちを育むための重要なステップとなるでしょう。

3. ウェルビーイングの向上

精神的な充足感は、身体的な治療にも良い影響を与えると言われています。楽しい体験や仲間との交流は、ストレスを軽減し、心身のバランスを整える手助けとなります。この企画は、患者さんの治療の質を高めるだけでなく、日々の生活の質(ウェルビーイング)そのものを向上させることに貢献します。

バーチャル空間でフラミンゴを見るアバター

社会全体で子どもたちを支える、新たな支援モデル

この取り組みは、単一の病院や地域にとどまらない、大きな社会的な意義を持っています。希少疾患ゆえに孤立しがちな患者さんに対し、デジタル技術を用いて「コミュニティ」と「未来への希望」を同時に提供することで、地域格差のない持続可能なケアの実現に貢献します。これは、病気と闘う子どもたちを社会全体で支える、新たな支援モデルとして、今後の医療や福祉の分野に大きな影響を与えることでしょう。

今回の企画は、クラウドファンディング「入院中でも全国と繋がれる!小児・AYA世代がん患者さんのためのメタバース」で集められた資金と、公益財団法人 日本生命財団からの支援を受けて実施されています。これらの資金は、患者さんがツアーに参加するためのVRゴーグルやタブレットといった機器の購入に充てられており、多くの人々の温かい支援が、子どもたちの笑顔につながっていることがわかります。

「バーチャル天王寺動物園」とは?

今回のツアーの舞台となる「バーチャル天王寺動物園」は、近鉄不動産が天王寺動物園とクラスター社と協働で制作したメタバース空間です。生物多様性や動物の生態について楽しく学ぶ機会を提供すること、そしてあべの・天王寺エリアの街の魅力を高めることを目的に作られました。

実在する動物園が公認したバーチャルワールドであり、アバターによる体験型メタバース空間としては日本初の取り組み(2026年6月近鉄不動産調べ)です。ここでは、360度視点から動物の生態を観察できるだけでなく、オリジナル動物クイズも用意されており、子どもから大人まで楽しみながら学習できる工夫が凝らされています。

連携する四者の紹介

今回の画期的なプロジェクトを支えるのは、それぞれの分野で専門性を持つ四つの組織です。

国立大学法人岡山大学

10学部1プログラム7研究科を擁する総合大学であり、地域と地球の未来を共創する研究大学として、研究力向上とイノベーション創出を推進しています。附属する岡山大学病院は、ロボット支援手術やがんの遺伝子解析、臓器移植などの高度な医療に加え、小児の難治疾患に対しても専門的な医療を提供しています。

近鉄不動産株式会社

近鉄グループの不動産部門の中核企業として、オフィスビルや商業施設の運営、マンション・戸建住宅の分譲、不動産仲介、リフォームなど、多岐にわたる事業を展開しています。お客様の生活スタイルや時代のニーズを捉え、新しいライフスタイルの提案を通じて社会に貢献しています。

地方独立行政法人天王寺動物園

1915年(大正4年)に開園し、110年以上にわたり大阪で愛されてきた動物園です。約11ヘクタールの敷地内に約170種1,000点の動物を飼育し、動物福祉を最優先に、人にも動物にもやさしい動物園を目指しています。

クラスター株式会社

「共創空間のOSをつくる」というビジョンを掲げ、日本最大級のメタバースプラットフォームを開発・運営しています。独自開発の大規模同時接続基盤を核として、リアルとバーチャルを融合した共創空間インフラを提供し、テクノロジーと創造力で次世代の社会インフラを構築しています。

クラスター株式会社のロゴ

未来へ続く希望の光

今回の「バーチャル天王寺動物園ツアー」は、単なる一度きりのイベントではありません。長期療養中の子どもたちが抱える孤独感を和らげ、社会とのつながりを感じさせ、そして何よりも「治療の先の未来」への具体的な希望を与える、持続可能な支援モデルの第一歩です。

メタバースという技術が、エンターテインメントだけでなく、医療や福祉の分野でこれほどまでに温かく、そして力強い光を灯すことができるということを、このプロジェクトは示しています。病気と闘うすべての子どもたちが、自分らしく、そして希望に満ちた未来を描けるよう、このような取り組みがさらに広がっていくことが期待されますね。